向こう隣のラブキッズ


第5話 乙女の敵は誰であろうとぶっ飛ばす!


歩は機嫌が悪かった。さっきは、コンビニでおやつを買ってくると言って、元気に飛び出して行ったのだが……。彼は帰りにとんでもないものを見てしまったのだ。よりによってさくらの家にイケメンの男が入って行くところを……。それで彼はひどく落ち込んでいた。
「何だ、そんなことか。この辺でイケメンっていったら、ハンスじゃないの? 回覧板でも持ってきたとかさ」
しおりが言った。
「バーカ。ハンスなら金髪だし間違えっこないだろ?」
「それもそっか」
しおりも納得した。

「そいじゃ、親戚の人とか」
「違うよ! おれ、さくらお姉ちゃんの関係者だったら全部把握してんだ。あんな奴、これまで一度も見たことないし、そもそも、あんなすげえイケメン、一度見たら絶対忘れないって……」
「へえ。そんなにすごいイケメンなんだ」
しおりの言葉に歩は神妙な顔でうなずいた。
「そうさ、さすがはさくらお姉ちゃん。やっぱ目が高いんだよな。ハリウッドにだってそうそういるもんじゃないぜ」
「ハリウッドですって? きゃん! それってちょっと見てみたーい! でも、その人が彼氏だったら、あんたにゃ、ほとんど勝ち目がないってことじゃん」
しおりが皮肉っぽく言った。
「るっせーな! しおりのおたふくほっぺ! 普段は姫乃お兄ちゃん一筋だなんて言っておきながら、イケメン野郎に興味あるなんて浮気者! 姫乃に言いつけてやるぞ」
歩が言った。

「へーんだ。まだ何も事は起きてないんだから浮気でも何でもないですよーだ。ねえそれより、そのおやつ食べないんならちょうだいよ。わたし、丁度お腹空いちゃってさ」
さっと袋を取り上げるしおりの手首を掴んで歩が怒鳴る。
「食いたきゃ自分で買ってこいよ」
「あーら、傷心のお腹にスナック菓子なんてヤボでしょ? わたしが代わりに食べてやるって……」
「やだい! だれがしおりになんかやるもんか!」
「何よ! ちょっとくらいいいじゃない! それとも、あんた、さくらお姉ちゃんよりスナック菓子の方が大事だとでも言うの?」
「そ、それは……」
一瞬歩の力が弱まった。その隙にしおりは急いで袋を奪うとビリビリ破いて手を突っ込んだ。

「てめえ! しおり、きたねえぞ!」
袋を取り返そうと歩が掴み掛かる。が、しおりはそれを高々と掲げて勝利宣言するようにスナックを口に頬張った。
「んふ。おいしい!」
「しおりのバカ! 返せ!」
二人は茶の間でばたばたと走り回った。
「ほらほら、もうすぐ夕ごはんになるんだから、おやつなんかあとにしなさい」
お皿を持ったまま、母は右に左に動いてうまいこと子供達をかわす。
「はーい」
二人が返事してお膳の前に座る。

「ただいまあ」
そこへ丁度父が帰ってきた。
「お帰りなさい、お父さん」
子供達が言う。
「ああ、ただいま」
と言って、父は洗面所で手を洗い、上着を脱いでくつろぐと言った。
「そういえば、そこで可愛い女子中学生に会ったよ。どうやら姫乃君の彼女らしいね」
父の言葉にしおりがかっと目を見開いて言った。
「何でおにいちゃんの彼女だってわかるのよ?」
「そりゃあ、姫乃君の家に入って行ったから間違いないよ。ははは。姫乃君もそういうお年頃になったんだねえ」
そう微笑ましそうに言う父を睨みつけて、しおりはダダダと階段を駆け上がって行った。
「あれれ? しおりちゃんはどうしたのかな? もうすぐごはんなのに……。忘れ物でも取りに行ったかな?」
のんびり夕刊を広げながら言う父を横目で見て、歩がうなずく。
「そ。失恋という忘れ物をね」

「うそよ! お兄ちゃんに限ってそんな……」
しおりは大急ぎで自分の部屋に飛び込むと電気を付けた。そして、がらりと窓を開け、
「お兄ちゃん……」
と言いかけてやめた。姫乃の部屋の電気は消えたままだった。そして、微かな声が漏れている。高い声だ。薄ぼんやりと人影が見えた。女の子の制服。彼女は背中を向けていた。しかし、その肩が微かに震えている。
「泣いてるんだ……」
しおりはそっと後ろへ下がると窓を閉めた。それからカーテンも引いた。

「お兄ちゃんの部屋で女の子が泣いてる……。お兄ちゃんが泣かしたの? 暗い部屋で何をしてるの?」
彼女の声が大きくなった。そして、何かを叫んだ。
「いや……」
しおりは両手で耳を塞ぐと急いで部屋を出て、階段の踊り場に立った。
「お兄ちゃんが……」
鼓動が早まるのを感じた。
「姫乃お兄ちゃんが女の子にひどいことをしてる……!」
彼女はいやがっているようだった。なのに、姫乃は強引に迫って彼女を……。
「助けなきゃ……」
たとえ大好きな姫乃だったとしても、女の子に強要するなんて、それはしおりの正義に反することだ。

「でも、もし、彼女もお兄ちゃんのことが好きだったら……?」
両思いの二人の仲を裂くなんてことが許されるだろうか。
「わたしだったら許せない」
しおりは小さな胸を悩ませた。
「もしも、本当にお兄ちゃんのことが好きなら、彼の幸せを思うなら、このまま黙って身を引いた方がいいんだわ」
しおりは階段の上に立ったまま天井を見上げた。

「しおりちゃーん、ごはんだよぉ」
暢気な声で父が呼んだ。
「とてもごはんなんか喉に通りそうにないわ」
しおりはそう呟いた。が、途端にお腹の虫がグーグー鳴いた。
「しおりちゃーん」
再び父が呼んだ。
「はーい。今行きます」
しおりは階段を降り始めた。と、その時、突然、甲高い声の悲鳴が上がった。ぴたりとしおりの足が止まる。

「今の声……。やっぱり彼女いやがってるんだ。なのにお兄ちゃんが……」
しおりは踵を返すと部屋に戻った。
「お兄ちゃんのバカ! いくら何でも許せないわ! 少女の敵よ! ぶっとばしてやる!」
そうして再び窓を開ける。と、部屋には誰もいなくなっていた。ただ、部屋の中央にスカートが脱ぎ捨てられ、胸のリボンとティッシュの箱が転がっていた。
「お兄ちゃん……!」
しおりはショックだった。あまりのことに一瞬晩ごはんのことが頭からぶっとんだほどである。
「ひどいよ。姫乃お兄ちゃんが本当は乙女の敵のハレンチ男だったなんて……」
彼女は呆然と部屋の真ん中に座り込んだ。

その時、向かいの歩の部屋からこんこんと窓を叩く音が聞こえた。
「歩くーん、いないの?」
歩の部屋は電気がつけっ放しになっている。
「もうっ! 歩ってば、また電気消し忘れてる」
しおりが歩の部屋に入って行くと隣の家の窓が開いた。
「さくらお姉ちゃん……?」
しおりも急いで窓を開けた。しかし、そこに現れたのはさくらではなかった。見たこともないイケメン男が姿を現したのである。
「あ、あの、はじめまして……」
しおりがぼうっとしているとそのイケメンがさわやかな笑顔を向けて言った。
「ふふふ。しおりちゃん、わ た しよ」
「え?」
しおりは目を見開いた。その声は紛れも無くさくらの声だったからだ。

「さくらお姉ちゃん……?」
「そうよ。どう? 全然わからなかったでしょう」
「うん。すごーい。お姉ちゃん魔法でも使ったの?」
「ううん。わたし、コスプレクラブに入ってるの。自分とは違うものになれる快感っていうか……。それで、今度、合同コンパで男装コンテストがあるんだけど、どうかな? これなら優勝出来るかしら?」
「すごいよ、お姉ちゃん。絶対優勝間違いなし! 全くの別人にしか見えないもん」
しおりが絶賛した。
「そう。ありがとう。さっき歩君を見かけたから訊いてみようと思ったんだけど、何か急いでたみたいで……」

――すっげえイケメンがお姉ちゃんの家に入って行ったんだ

歩の言葉を思い出すとおかしくなった。
「歩ってばね、ほんとバカみたいに落ち込んでたんだよ。お姉ちゃんの家にイケメンの彼氏が入ってくのを見ちゃったって……」
しおりが笑う。
「ほんとに?」
さくらも笑った。
「それじゃ、わたしの男装姿も結構イケてたって訳ね」
さくらは満足そうに言った。と、その時、さくらの家からどたどたと物音が聞こえた。
「あら、またペットが暴れちゃってる。ごめんね、しおりちゃん、またね」
そう言うと、さくらは急いで窓を閉めて階段を降りて行った。

「それにしても、ほんと、さくらお姉ちゃんカッコいい」
しおりが思わずうっとりしていると、また階下から父の声がした。
「しおりちゃーん」
「はーい。わかってまーす。ごはんでしょ?」
慌てて降りて行ってそう言うと、父が首を横に振った。
「いや、玄関に姫乃君が来てるよ」
「お兄ちゃんが……?」
しおりは怪訝な顔をした。
(今更、どんな言い訳したって絶対許してやらないんだからね! 誰が何と言おうと絶対ぶっとばしてやる!)
しおりは鼻息も荒く玄関に向かった。ところが……。

「うぇ〜ん、しおりちゃーん!」
彼女の姿を見るなり、姫乃が泣きながら抱きついてきたのだ。
「ちょ、ちょっとどういうつもり? 一体何があったのよ?」
思わずそう訊いてしまった。
「聞いてよ、しおりちゃん。みんなが僕のことをいじめるの」
姫乃が涙ながらに訴えた。
彼の話をまとめるとこうである。

今日、彼がいつものように授業中せっせと小説を書いているとたまたま教師に見つかってしまった。そして、こともあろうに教師はそのノートを取り上げ、みんなの前で読み上げたと言うのだ。その内容は、女装趣味のある少年が男装の麗人に恋をして動乱の時代を生き、同志として共に理想を描いたものの、彼は不治の病に冒されており、余命幾許もない彼を支えて彼女が彼の身代わりとなって敵に突っ込み、共に革命の露として消えるという、激動の中で恋に生きた恋人たちの物語だった。その傑作をからかった者達がいた。例の三人組である。彼らが言うには、自ら小説の主人公になってみなければ感情がわからないだろうと言って、無理やり彼に女子の制服を着せたというのだ。

「それで、しおりちゃんに慰めてもらおうと思って呼んでみたけど、部屋の電気が消えてて、誰もいなくて……それで、僕、すっかり悲しくなってしまったんだ。それで思わず涙が出ちゃって……部屋で泣いてたら、しおりちゃんの声がしたから、急いで電気つけようと思って立ち上がろうとした時、うっかりスカートの端を踏んで転んでしまって……それでスカート脱げちゃうし……。パンツ姿じゃしおりちゃんに見られたら恥ずかしいから僕、急いで着替えようとしたら、またつまずいて……」
姫乃の話を聞いているとさっきの声は姫乃のものだということがはっきりした。

「大丈夫よ。お兄ちゃん。わたし、いつだって姫乃お兄ちゃんの味方だから……」
そう言うと、しおりはポケットからティッシュを出して、彼の涙とついでに鼻水も拭いてやった。
「それにしても、悪いのはまた例の三人組ね。今度会ったら、絶対ぶちのめしてやるからね! 泣かないで、お兄ちゃん」
「ありがとう、しおりちゃん」
そう言うとまた、彼はしくしく泣いた。

「まあまあ、姫乃ちゃんもそんなところで泣いてないで中に入りなさい」
しおりの母が呼んだ。
「お母さんはいないのかい?」
父も訊いた。
「はい。今日、母は残業で遅くなるんです」
姫乃が答える。
「なら、うちで晩ごはん食べてかない? 丁度、支度ができたところだから……」
母が言った。
「ありがとうございます。でも……」
などと姫乃が遠慮していると、家の外で彼を呼ぶ声がした。

「姫乃ちゃーん。制服持ってきてやったよ」
岩田が大声で叫ぶ。
「コレないと困るでしょう?」
鴨井も陽気な声で言った。
「おれ達って何て親切」
吉永が自己満足に浸ってうっとりしている。要するに、いつもの3人組の輩だった。
「あいつら……」
しおりがばんっとドアを開けた。

「あんた達、一体どういうつもりよ! いたいけなお兄ちゃんにあんなひどいことするなんて……。絶対許さないんだからね!」
しおりの剣幕に押されながらも、彼らは必死に言い訳した。
「ひどいことったって……」
岩田があとずさりながらも主張する。
「姫乃だって喜んでたし……」
鴨井も口を尖らせる。
「ほんと。可愛かったっす」
両手を頬に当てて吉永が言った。

「そんな訳ないでしょ! お兄ちゃん泣いちゃってたんだからね」
しおりの怒りは収まらない。
「そんなこと言ったってなあ」
「まさか、あんな格好のまま家まで帰るなんて思わなかったし……」
岩田と鴨井が顔を見合わせる。
「商店街だって通るのにさ。やっぱ好きなんじゃね? 人に見られるのって結構、快感! なーんちって」
吉永が言った。彼らは笑っていた。それを見て、しおりの顔色が変わった。
「潰す」
しおりが拳を握った。その拳がぶるぶると空気を震わせている。

「ひぇっ! 女王様、お許しを……」
その振動に岩田が真っ先に謝った。
「せめて、ぶつならもっとやさしくお願い……」
鴨井も哀願しまくった。
「うっふん。その強い拳に惚れたっす……」
容赦なく殴られて吉永が目にハートマークを浮かべて言った。たった3発で殴り倒すと彼女はぱんぱんっと手を払った。と、その時、さくらの家の方から不審な物音が聞こえた。

「さくらお姉ちゃん!」
しおりが急いで駆けつける。その声に歩も玄関から飛び出してきた。
「さくらお姉ちゃんが何だって?」
「怪しい物音がするのよ」
しおりが言った。確かにドッタンバッタンと尋常ではない物音や男の声も混じって聞こえた。
「やっぱ、お姉ちゃんには彼氏がいるんだ……」
歩が暗い顔をする。
「変ね。だってあのイケメンはお姉ちゃんが……」
しおりは納得いかなかった。と、その時、中からぎゃあっという悲鳴が聞こえた。それから、さくらの慌てた声も……。
「駄目よ! そんなことしないで! お願いだからやめて!」
そんなさくらの声を聞いては黙っていられない。歩が勇気を持ってドアを開けた。

同時に、人間が3人転がり出てきた。例の街のごろつき三人組である。が、何故かみんな中途半端に化粧をしたり、女の服を着たりしている。しかも、そのあちこちが切れたりほつれたりして見るも惨めな姿になっていた。
「何だ? おまえらその格好は……。仮装大会にでも出んのか?」
歩が訊いた。
「そうなのよ」
奥から声がしてさくらが顔を覗かせた。
「あ、さっきのイケメン」
歩が言うとさくらは笑って言った。
「どう? 男装姿のわたし」
「さくらお姉ちゃん……?」
歩が驚いて訊く。
「そうよ。ちょっと見、わたしだってわからなかったでしょ?」
とウインクする。
「うん。全然わからなかった」
歩が呆然として彼女を見つめる。

「それで、何故こいつらがこんなんなってるの?」
しおりが訊いた。
「それがね、さっきもしおりちゃんに言った通り、合同コンパで男装女装コンテストってのがあってね、出場者が足りなくて困ってたから、彼らに頼んだんだけど……」
道路ですっかり伸びている連中を見てさくらが笑う。
「確かに、女装ていや女装だけど……何でこんなにぼろっちーの?」
しおりが訊いた。その時、奥からまたドタバタと音が響いた。何かがすごい勢いで階段から突進してくる音だった。
「お姉ちゃん、危ない!」
その並々ならぬ気配に歩がさくらを庇って前に出た。
そして、いきなりそいつとはち合わせした。
「うわぅ!」
さすがの歩が悲鳴を上げた。

「歩!」
すかさずしおりが飛び込んでいく。そして、二人が見たものは……。
「怪獣……?」
姉と弟は同時に叫んだ。それは体調1.2メートルはあろうかというイグアナだった。
「銀太郎。脅かしちゃ駄目よ」
さくらがそのごつい背中を撫でながら言った。

「ごめんなさいね、これでも普段はとっても大人しくて臆病者なのよ」
そいつはすっかりさくらに甘えてしっぽを振っている。
「はじめまして。わたしのペット。グリーンイグアナの銀太郎君です。よろしくね」
さくらが言った。
「お姉ちゃんって爬虫類党だったのか」
歩がへなへなとしゃがみ込んだ。
「そうなのよ。ほら、若い女の子の独り暮らしって危ないじゃない? 銀太郎のおかげで悪い奴も近づけないし……ほんと助かってるの」
さくらはうれしそうだった。

「それで、さっきの話なんだけどね、せっかく彼らが協力してくれるって言うから、家にあるグッズや衣装を貸してあげてメイクなんかも試してたの。そしたら、何か銀ちゃんがやきもち妬いちゃってもう大変。あなた達が来てくれてよかったわ。でなきゃ、この人達、どうなっていたことやら……」
「はあ」
しおりはあんぐりと口を開けたままじっとさくらを見つめた。まさか、自分の家の隣でこんな巨大なイグアナが飼われているなどと誰が想像しただろう。
「それっておれ達、相当ヤバかったってことすか?」
本村が涙目で訊いた。
「ひぇ〜。命があってよかったぁ」
宮下が空気の抜けた風船のように萎びる。
「おれ、イグアナちゃんに尻噛まれたっす」
パンツが丸見えの状態になっている木根川が言った。
「大丈夫。尻の皮まで破れてねえよ」
歩が肩を叩いて元気づけた。

「何かおれ達、お呼びでなさそうだし」
岩田が言い、
「出番も台詞も少ないから」
鴨井も続ける。
「怪獣に食われる前に帰るっす」
四つんばいのままの吉永……。つまり、彼らは逃げ出そうとしていたのである。しかし、それを見つけたしおりが無慈悲にもその襟首を捕まえた。
「お待ち! どさくさに紛れて罪を免れようったってそうはいかないよ! 姫乃お兄ちゃんを泣かした罪は重いんだからね。やっぱ、怪獣のエサになってもらおうかしら?」
しおりが言った。

「ひぇ〜っ。お許しを……!」
岩田が平謝りし、
「それだけは勘弁」
と、鴨井が念仏を唱え、
「他のことなら何でもするっす」
と、吉永がきらきらと瞳を輝かせて言った。
「わかった。他のことなら何でもするのね?」
しおりの瞳もキラリと光った。
「お姉ちゃん、その衣装ってまだある?」
「ええ。たっぷりあるわよ」
さくらも楽しそうにうなずく。そうして、しおりはさくらから女装グッズを借りるとそいつらに着せた。

「あら、こっちの子達の方が若いだけあって似合うかもねえ」
さくらもノリノリでメイクを手伝った。逃げ出そうにも強さには定評のあるラブキッズの二人と強面のイグアナが見張っているので逃げられない。彼らは揃って微少女に変身させられた。
「これでよし。さあ、今日は罰としてずっとその格好でいるのよ」
しおりが閻魔大王のような顔で判決を言い渡した。
「えーっ?」
彼らは口を揃えて文句を言ったが、しおりはことごとく却下した。
「今夜12時、魔法が解けるまで脱いじゃだめよ」
しおりが言った。
「ふふ。案外似合って可愛いわよ」
さくらも笑う。
「女って怒らせると怖え」
背後で歩が呟く。
「ふふ。でも、心配しないで。銀ちゃんは人間食べたりしないから……」
さくらが歩にウインクする。それを聞いて、歩はほっと胸を撫で下ろした。

そして、彼らがいなくなると姫乃がしおりを呼んで言った。
「しおりちゃん。さっきはほんとにありがとう。これ、お礼にもらって」
と、おまんじゅうを一つ持ってきた。
「さっき買ったばかりなんだ。作りたてなんだって……。だから、きっと美味しいと思うの」
彼ははにかんだように言った。
「ありがと。でも、さっきって……」
姫乃はずっとしおりの家の中で彼女の両親と話をしていた。おまんじゅうを買いに行く時間なんかなかったのにとしおりは思った。

「学校の帰りに買ってきたんだよ。お母さんが遅くなる時はいつも帰りに満点屋さんに寄ることにしてるんだ」
彼はにこにこと説明した。
「でも、それって……。まさか、あの格好のまま……?」
「うん。僕、おまんじゅう大好きなんだ」
彼はうれしそうだった。そんな姫乃を見て、しおりも思わず微笑した。
「今日は何かいろいろあったけど、こうしてると幸せな気分。あ、お兄ちゃん、一緒に食べよう。はい、半分あげる」
しおりがもらったまんじゅうを半分にして差し出すと、姫乃も喜んでうなずいた。

その頃、歩もさくらからクッキーをもらって幸せな気分に浸っていた。
「ちょっと焦げちゃったんだけど、がんばって作ったの。よかったら食べてね。これ、歩君の分」
クッキーは焦げて苦かったが、さくらに歩くんの分と言われ、胸がいっぱいになった。
「これ、しおりには絶対やらないもんね」
それぞれの頭上でそれぞれの星が輝く夜だった。